9月上旬、干ばつが続くカリフォルニア州北部で発生した山火事。〝バレー・ファイア〟(Valley Fire)と称される大規模なもので約1万6千ヘクタールが延焼。バレー・ファイアで最も大きな被害をうけたのはミドルタウン(Middletown)。9月12日、2時間で4千ヘクタール、街全体が炎に包まれた。街郊外にある〝ワッツの里〟ハービン・ホットスプリングも延焼。ワッツセンターを含み、施設再開はほぼ絶望的とのこと。
アメリカ&ヨーロッパのワッツ指導者や愛好者が集まり、ワッツ考案者ハロルド・ダール氏の満80歳の誕生日(12月18日)を祝う予定だったが、急遽、中止になった。
ハロルドさんがサンフランシスコでワッツ(WATSU)を始めたのは1980年。1985年、ハービンで指圧マッサージ学校(ワッツ科)を開校。その後、1992年、日本を含む10ヶ国が発起人となり、ワッツ指導者の国際組織(WABA)を設立。AD研は日本のWABAの“窓口”となり「ワッツの殿堂」(ワッツセンター)へ向けて動き出した。10年後、ハービン近郊に念願のワッツセンターが完成。2005年、ワッツ誕生25周年記念総会が大々的に執り行われた。これを機にWABAのワッツ普及向上の役割は終え、ワッツ自体が質的に変化。組織的な活動も急速に衰退していった。AD研はこれを契機にWABAの〝窓口〟としての業務を取りやめた。その後、日本独自のワッツ養成を通じて、普及向上に努めています。
■ハービン・ホットスプリングのショートストーリー
歴史は古く、17世紀初頭、開拓者が移住してきた時は既に地元インディアンの聖地であった。1860年に非営利温泉保養地としてホテルがオープン。名称の由来はインディアンから買い取り、土地のオーナーとなったハムリック・ハービン(Hamrick Harbin)の名前から取られた。1970-80年代はスピリチュアルリズムの人々が集団生活する場所として有名になり、1990年には〝ワッツの里〟として世界中にその名が知られるようになった。
■ リオン(フランス) 10年ぶりに再会 2014年11月
ワッツ(WATSUしている人でこのヒトを知らないのなら“潜り”です。ワッツの世界では超有名人。ワッツ考案者ハロルド・ダール氏(アメリカ人)。今回、リオン(フランス)でダール氏と再会。楽しい会話で親交を深めました。