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陸上と水中の運動効果、どっちが高い?   2016.02.09

瀬野教授 信州大

健康に暮らす10歳若返る歩行術 -インターバル速歩-
陸上と水中の運動効果、どっちが高い?

能勢博 / 信州大学教授

年末までの暖かい冬はうそのようで、新年になって一気に本格的な冬がやってきました。ここ信州でも、氷点下10度を体感するのは久しぶりです。おまけに、数日前降った雪は固まって道路はツルツルだし、北風は冷たいし。「こんな日にウオーキングなんてとんでもない」と思っている皆さん。「水中ウオーキング」はいかがでしょうか。

当地、信州は糸魚川静岡構造線断層帯の真上に位置し、地震も多いですが温泉も豊富です。最近、長野県東御市の「みまき温泉診療所」の理学療法士、半田秀一さんが、地元の中高年者を対象に温水プールでインターバル速歩トレーニングを実施し興味深い結果を得ました。今回はそれを紹介したいと思います。

温水プールの水温は32度です。この温度は学術的には「中性温領域」といいまして、人が裸で水中にいても暑くも寒くも感じない温度です。水の深さは肋骨(ろっこつ)の下辺りです。さて、いよいよ「インターバル速歩」の開始です。25メートルの温水プールで、陸上と同様「ややきつい」と感じる速歩と、ゆっくり歩きを3分間ずつ、1日あたり30分間、週4日のペースで行いました。

陸上より楽で、運動強度が上がり、筋力も上がる

水中と陸上での運動には、どのような違いがあったのでしょうか。まず、浮力によって水中では、陸上の体重の30%程度になります。体重の重い人や、膝痛を抱える人も楽に歩けます。また、水中で陸上と同じ酸素消費量(エネルギー消費量)、つまり同じ運動強度で歩いた場合、1分あたりの心拍数が10拍程度低下していることが分かりました。さらに別の実験で、「ややきつい」と感じる運動をすると、筋肉から排出される乳酸の量が上昇するのですが、水中ではその量も減って、息切れや、筋肉痛も起こりにくいことがわかりました。これらの結果から、水中では陸上に比べ「ややきつい」と感じる運動をしても、楽にできることがわかります。

瀬野教授 信州大 2その結果、トレーニング中の速歩の運動強度はどのようになるのでしょうか。図1は、中高年女性を水中グループと陸上グループに分け、8週間のトレーニング実施中の酸素消費量を比較したものです。両グループに「ややきつい」と感じる強度で速歩をしてもらいました。すると水中は陸上に比べ、10%以上も酸素消費量、つまり運動強度が高かったことがわかりました。トレーニング開始後4週目からは、さらにその差が広がりました。これは、水中グループは陸上グループに比べ、高強度の運動をしたために筋力が向上し、より高い強度の運動が可能になったからと考えられます。

図2は、8週間のトレーニング前後の膝伸展筋力、屈曲筋力を示したものです。陸上グループはまだ顕著な増加は認められませんでしたが、水中グループでは10%以上筋力が上昇しました。

運動効果の高い理由に血液量

では、なぜこのように、水中では楽に運動ができて運動強度も上がるのでしょうか。理由は、水中では下肢に水圧がかかるので、重力の影響で皮膚血管にたまっていた血液を、心臓に戻すことができるようになるからです。一方、心臓は戻ってきた血液を必ず送り出すという「律義」な性質をもっているため、一回の拍動あたりに送り出す血液量が増えます。また、戻ってくる血液量が増えると、当然心臓の壁が伸びますが、興味深いことにその刺激が脳に伝わり、筋肉の血管を拡張する反応が起こります。血液が流れやすいように、あらかじめ血管を広くしておこうとする反応です。その結果、多くの血液が活動筋に流れ、酸素がいっぱい供給されるので、楽に運動することができるのです。

このように、陸上に比べ水中で行うインターバル速歩は、ちょっとお得なトレーニング方法です。でもいつでも、どこでも、簡単に、という点では、陸上のトレーニングにはかないません。次回は、陸上インターバル速歩の体力向上効果についてお話しします。お楽しみに。


2016年2月5日【毎日新聞・医療プレミア】

能勢博 信州大学教授
のせ・ひろし 1952年生まれ。京都府立医科大学医学部卒業。京都府立医科大学助手、米国イエール大学医学部博士研究員、京都府立医科大学助教授などを経て現在、信州大学学術院医学系教授(疾患予防医科学系専攻・スポーツ医科学講座)。画期的な効果で、これまでのウオーキングの常識を変えたと言われる「インターバル速歩」を提唱。信州大学、松本市、市民が協力する中高年の健康づくり事業「熟年体育大学」などにおいて、約10年間で約6000人以上に運動指導してきた。趣味は登山。長野県の常念岳診療所長などを歴任し、81年には中国・天山山脈の未踏峰・ボゴダ・オーラ峰に医師として同行、自らも登頂した。著書に「いくつになっても自分で歩ける!『筋トレ』ウォーキング」(青春出版社)、「山に登る前に読む本」(講談社)など。


3 大塩琢也AEA/ATRI養成コース他でナショナルトレーナーとしてお手伝いして頂いている大塩琢也さん(温泉アクティブセンター/理学療法士)は現在信州大学大学院の修士課程で学ぶ学生でもあります。そして、大塩さんの担当教授が能勢博先生です。


10歳若返る歩行術 -インターバル速歩
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