寒風吹きすさぶ晩秋、水温約17度の熱海の海で、大河内二三子は元気に泳ぐ。週に3度プールで泳ぎ、1度は海で1時間ほど遠泳。とても59歳の主婦には見えない。
大河内ら「チーム織り姫」は平均年齢約60歳のメンバーで2010年にドーバー海峡(約34キロ)横断に成功した。国内各地で遠泳レースを渡り歩き、目標は「東京五輪の20年にもう一度ドーバーへ」(大河内)。波で息継ぎも容易でなく、冷たさで足もまひする過酷なスポーツだが、やめることなど考えない。6人でリレーするドーバー横断は1人が1時間を泳ぎ切るが「その体力ならこの年でも十分ある」。年齢など忘れたように「三途の川もターンして戻ってくる」と笑う。
長寿化するスポーツマンはプロの世界に限らない。大河内らは氷山の一角にすぎず、上は90歳代までが参加するマスターズ水泳は登録者が増え続けて大会は年約90回以上。毎週どこかで高齢者が大会でタイムを競っている。「運動の効果の大きさは相対的には年齢が高くても同じ。過去に運動をしていない人ほど、やれば効果は大きい。60歳で水泳を始めた人も70歳で記録が伸び、伸びると面白くなる」と内藤久士・順天堂大大学院教授は話す。「体内のミトコンドリアの機能を高め、乳酸の発生を抑えて走れるようにするには、長い時間をかけて肉体を変えなければならない」。マラソンなど持久系競技の選手が30歳を超えてピークを迎えるのは理にかなっている。スポーツと接する年ごろに「遅すぎる」はなくなり、何歳でも自分なりの自己向上と向き合える時代が近づいている。
千葉県印旛郡栄町。ある地域スポーツクラブでは60代のインストラクターが好評だ。高齢者にとって20代の指導員に話しづらいことも相談しやすいという。生活習慣病の予防など病気の治療と運動は相乗効果が高いことが医療現場で認められつつある。スポーツ仲間が中高年の財産となり、過疎地に活力を与える。「これまで対象でなかった層の人々がスポーツのターゲットになってくる」と内藤教授。いま高齢期を迎えているのは、高度成長期を通じスポーツが市民権を得た時代を生きた世代。運動と深くかかわり、高い体力の素地がある「黄金世代」ともいえる。
内藤教授が調査に協力する文部科学省の体力・運動能力の12年度調査では、同好会やジムなど地域のスポーツクラブに所属する70代は40%前後、体力の測定値も高い。対照的に30代は運動が疎遠になりがちで体力は低水準。元気な高齢世代が一代限りとなる可能性もなくはないが…。50年前、ママさんバレーなど市民スポーツが浸透するきっかけになったのが東京五輪。6年後に日本は再び五輪を迎える。「ベテランも元気な日本」を世界に披露することは課題先進国の使命ともいえそうだ。