キリーロバ・ナージャ
株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター 電通総研 Bチームクリエーティブ
私は、5歳くらいから中2まで水泳を習っていた。水泳というと、クロールとか平泳ぎとか背泳ぎが思い浮かぶが、これは、世界のどこの国に行っても一緒だ。でも実は、水泳の教え方や目標などは国によって異なる。そう思い知らされたのは、小学校4年生のとき、日本のスイミングスクールに通うことになったその日だった。
5歳で水泳を習い始めたとき、当時ソ連でプールは日本のようにほとんどの小学校に付いているものではなく、街に数カ所しかない珍しいものだった。通っていたプールはというと底のタイルが暗い色で、子どもの身長では足が底まで届かず、深さを理解することなく泳いだ。ある日、先生が「実は、このプールの底にはサメが泳いでいる。泳ぎの遅いやつはサメに追いつかれて食べられる。泳ぐ速度を落とすな」と言い始めた。まさかと思いつつ子どもたちはかなりビビって、怖さのあまりみんな全力で泳いでいた。毎回、すごくヘトヘトになりながらも泳ぐスピードはかなりの速度で上達していった。
そこから数年後、大好きな水泳をまた習おうと通うことになった日本のスイミングスクール初日。クロールや平泳ぎ、背泳ぎをマスターしていた私は、バタフライを習い始めるクラスを希望した。先生は、「分かった、ちょっと泳いでみろ!」と言ったのでわたしは、25メートル泳いでみせた。なかなかうまく泳げたので自慢げな表情で先生の方を見ると、怒鳴り声が飛んできた。
どうやらフォームがなってないと。私は、ショックだった。スピードはかなり速いはずだ。ならば、なんで不満があるのだろうと思った。先生は続けた。「ビート板から全部やり直しだ」私は、ショックと怒りで震えながら、先生にある提案をした。もしも、今日いる一番クロールが速い生徒よりも早く泳いだら私の泳ぎ方をほっといてほしいと。
先生は一瞬渋ったが、勝負は実現した。そして、わたしは勝った。よしこれでバタフライが習えると確信したが、そう甘くはなかった。日本では、フォームがとても重要で息継ぎをするタイミングと顔を上げるときに向く方向が決まっていると説明され、先生は食い下がった。従って、私はビート板の練習を強いられる羽目になった。ただただ速く泳げばいいと思っていた私の常識は見事に覆された。ここでは、スピードよりもカタチが重要だ。
ビート板から1年、今度はアメリカのスイミングスクールに通い始めた。スピードもあるし、ビート板でかなり基礎も身に付けたから今度こそバタフライを習えるはずだ。すると、まず先生は、プールの深い端に飛び込めと言った。そして、そのまま10分間浮いていろというのだ。あれ?泳ぐんじゃないんだ?と驚きを隠せなかったがとにかくやってみた。しばらくしたらなかなかきついではないか。なんとかクリアはできたが、先生からは「このままだと、あなた海で流されたら30分も持たないわよ!」と言ってきた。
ここでは、スピードでもカタチでもなく、まず水にずっと浮いたり、潜ったり、長く泳ぐことが大事とされていることが分かった。カタチや息継ぎのタイミングは自由だ。なぜなら、万が一海で流されても、溺れそうになってもサバイバルできるスキルを身に付けることができるからだ。深いところにいってもパニックにならない。
ここは、日本の浅いプールだと学べないところだ。ゆっくりでいいから長く泳ぐ。泳ぎ方も「横泳ぎ」のような疲れないものも習うのだ。これをマスターしない限りバタフライは習えないとの決断だった。ちょっと悔しかったが、ここまで来たらなんだか面白そう。わたしは、ひたすら3メートルの深さで浮くことや「横泳ぎ」をマスターした。
もうここまでマスターしたら、文句はないはずだと、さらに1年後、日本のスイミングスクールに戻ってきた。ようやくここで、念願のバタフライを習うことになる。いくら泳ぐのがうまくなっても日本ではなぜかビート板を使う練習があることは驚きだった。「基礎」をしっかりさせるために違いない。ただバカンスで楽しく泳ぐためにはあまり意味がないことだが、本当に選手を目指すならばこれはとても素晴らしい方法だ。
カナダで選手育成プログラムに参加してみて気付いた。足の力が全然違う。カナダのチームメートはみんな手の力に頼っていることが多かった。日本にいたとき、地道にビート板で足を鍛えた私は、足の力が重要なバタフライがカナダで習った子どもたちよりも速くなっていたと判明する。
スピード、カタチ、持続性。確かにどれも重要だ。でもどれに重点を置くか、その理由はどこにあるか。水泳を通して子どもたちに何を学んでほしいのか。そもそも何のために習わせるのか、何のために習いたいか。そのことを考え始めたら自分にとってもベストなやり方が自然と見えてくるのかもしれない。これは、もしかしたら、あらゆるスポーツや勉強に共通して言えることかもしれないと思うとかなり興味深い。
Nadya Kirillova
キリーロバ・ナージャ
株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター 電通総研 Bチームクリエーティブ
ソ連(当時)、レニングラード生まれ。6カ国で育つ。電通入社後は、様々な領域に取り組むクリエーティブとして活動し、国内外のプロジェクトを幅広く担当。Cannes Lions Titanium Grand Prix、D&AD Black Pencil、文化庁メディア芸術祭大賞など多数受賞。
電通報 Tuesday, February 16, 2016